ブラックりりこの「私の毒舌聞きたい?笑」

毒舌りりこが炸裂するブログ

ご無沙汰してます

みなさん、ご無沙汰しております。

 

ブラックりりこです。

 

随分と放置していたので、そのまま

更新しないでおこうかとも

思ったのですが

(もう一つのブログは辞めると宣言して

終わらせたので)

 

こっちは何も宣言せずにそのままに

しておいたので、急にまた書いても

いいかな?ってな感じで(笑)

 

昨年は、愛猫の死がかなりの衝撃で

まあ今は、受け入れてはいるけれど、

知らない間にひどいペットロスだったようで。

 

ハゲてました(笑)

 

しかも白髪が増えた!

 

前を向こうと決めても、身体が追いついて

いかなかったんだねぇ。

 

愛猫が亡くなってから、ずっと「生と死」を

考えていました。

 

「生きるということは、食べること。」

 

これは、愛猫から学んだことです。

 

でも、なぜ生きなければいけないのか?

 

なぜ生きようとするのか?

 

肉体がなくても意識は生き続けるのに

なぜ肉体を必要とするのか?

 

意識だけの方が自分らしく自由になれるのに。

 

というか、意識が意識と認識はしないので

こんな事すらも考えなくてすんで

楽になるのに。

 

どうして人は生きることに執着を

するのだろう?

 

多分みんなやりたいことや欲しいものに

執着しているからだろうけど。

 

私は特にやりたいこともないし、

欲しいものも、もうないし、

しかも死は全く怖くない。

 

むしろ憧れさえもある。

 

でも、死にたいわけじゃないんですよ。

 

肉体が自然に滅びることを望んでいます。

 

でも、いざ死ぬ瞬間はもしかすると

「死にたくない」と思うのかも

しれないけれど。

 

だって、人間だもの(笑)

 

その時にならないとわからないけど、今は

何もしないしやりたいこともないので

今この瞬間をただただ生きている実感を

感じて感謝しています。

 

 

肉体と意識がどういう仕組みでできていると

分かってしまったら、生と死の境目なんて

ないんだなあと気付いちゃったんですよね。

(その話は難しいので、機会があったら書きたいと思います)

 

くだらん。

 

生きることも死ぬことも大差はないのに

なんで生きることだけを尊ぶんでしょうかね。

 

死んだら何も残らないから?

 

いやいや、残るよ確実に。

 

生きていた時の意識がね。

 

そして生きている人の心に残って

生き続けるのさ。

 

だから、生と死は大差がない。

 

これが愛猫が死んで考えたこと。

 

私の愛する愛猫は、今も私の心の中で

生きている。

 

肉体はないけれど、意識が生きている。

 

そんなことを考えてた数ヶ月でした。

 

ハゲたけど、とりあえず私は生きています(笑)

 

ついでに、愛猫が死んでから急に悟りの境地に

入り、魂、次元、意識、引き寄せの法則など

宇宙の法則が解ってしまいました。

 

今度から、そういったものの解説を

書いていきたいかな〜〜